黒いコートのサンタクロース(前編)


その日は日曜日で、学校は休み。
一人でいたくないけれど、誰かに会うのも嫌だった。
私は一人暮らしの部屋を出て、
通学のために乗るいつものバスに乗り込み、
いつもの場所で降りた。
そしていつも歩く道順で、
いつもの地下鉄駅へと向かった。
前日の出来事が頭をよぎる。

当時私は二十歳で、
少々こじれた恋愛関係の末におこった
最悪の出来事にとてもショックを受けていた。
それはその後に起こる数々の出来事に比べたら、
とても可愛いものといえるのだが、
当時の私は若く、子どもだった。
人間の奥にある広大な宇宙など思いもよらず、
それを垣間見て、「人間は怖い」と思った。

街には大音量でクリスマスソングが流れ、
きらびやかに飾られていた。
私は何も考えられず、
自己嫌悪と軽蔑、恐怖、後悔・・・、
とにかく暗い感情に壊されないようにと
心を守るのに必死だった。

横断歩道を二つ渡り、
その街の中心街の大きなデパートの前に差し掛かったとき、
前方にいる若い男性が目に入った。
男女問わず街行く人に声をかけては断られている。
背が高く、細身で、私と同じくらいの年で、
足元まである木綿の黒いコートを着ていた。
その時の私は、特にそう言う人に会いたくなかった。
私をそういう状態にしたのが、
やはり若い男性だったから。
身を硬くしたのがかえって目立ったのか、
その青年は私に声をかけてきた。


「あの、すいません。
クリスマスはどうして楽しいんだと思いますか?」


(はあ?・・・この最悪の日に何言ってんの?この人)
あまりに意外な問いかけに固く閉ざしていた口が(心が)開いた。
「今、そういう気分じゃないんでごめんなさい」

そう、その日は20年生きてきた中で、
最もそういう気分じゃない日だった。
クリスマスもその日以降はその出来事を思い出して、
きっと嫌な思い出になるだろうと思っていた。

彼はなぜか私についてきた。
「どうしてですか?何かあったんですか?」
私は誰かにその出来事を説明できる状態にはなかった。
だから友達にも連絡できなかったのだ。
その質問をかわすため、
そして、頭をもたげた好奇心から私は逆に問いかけた。
「どうしてそんなこと聞くんですか?」

彼は自分が建築設計の専門学校に通う学生だと自己紹介し、
高校時代に演劇をやっていて、
今はクリスマスをテーマにした脚本を書いている。
その取材のために色んな人に聞いているのだと説明した。

偶然にも私も学校は違うが建築設計の専門学校に通い、
高校時代に演劇をやっていた。
歳も確か同じだったと思う。
それを告げると彼はどこかでゆっくり話をしようと持ちかけてきた。
私がもっとも男性と話したくない日に。

これは何かの冗談かと思った。
あまりに出来すぎた話にどこかで誰かが私を見ていて、
私をからかうために仕掛けているのかと思った。

 

(黒いコートのサンタクロース 後編に続く)


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