黒いコートのサンタクロース(後編)

私はいつもの通学時の速い歩調で歩き続け
地下鉄駅につながるデパートの階段へと向かった。
「だから、そういう気分じゃないから」
「どうして?」
彼は長い足でやすやすと私についてくる。
私はとにかく、彼から、と言うよりは男性から
離れたいと言うことしか考えられなかった。
デパートの建物を通り抜けて地下鉄のコンコースへ続く扉の前で、
私は何とか彼を振り切ろうととうとうこう言った。
「昨日、とてもショックなことがあって、
とにかく誰にも会いたくないし、話したくないの。
クリスマスが楽しいなんて、今はとても思えないの」と。

彼はきっと心配してくれたのだろう。
「自分でよかったら話を聞く」と言ってくれた。
けれど私はそれを拒んだ。
とにかく一人になりたかった。

彼はやっとあきらめ、
別れ際に名前と下宿先の電話番号を書いた小さなメモをくれた。
どの時間帯にならいるという簡単な説明とともに。

彼と別れて私はほっと息をついた。
そして、当初の予定通り2、3歩踏み出したところで、
本当はどこへも行く当てなどないことに気がついて立ち止まった。
どこへ行こう?そう思うと、
朝食を食べていないと思い出した。
空腹な自分に気がついた。
それまでそんなことは考えられもしなかった。

そこまで思ったとき、
自分がそれほど最悪な気分ではなくなっていることに気がついた。
思わず彼が去った方向を振り返ったが、
彼の姿はもうなかった。

「やっぱり人はそれほど悪い物ではないかも」
そう感じている自分がいた。
まだ手には彼がくれたメモを持っていた。
私はそれを大事にかばんにしまった。

そのメモはその後もしばらく持っていたが、
その後の人生のごたごたの中で無くしてしまった。
彼に電話を掛ける勇気はなかった。
あんなに冷たい態度をとったのに、と、ためらった。
もし電話していたら、
その後の人生の何かが変わったのだろうか?

その問いへの答えはなくても、
はっきりしていることがある。
それはその日彼に出会ったことによって、
私は救われたということだ。
彼に出会わなかったら、
あの日私は地下鉄に飛び込んでいたかもしれない。
(何しろ子どもだったから)

その後のめちゃくちゃな人生のなかで
時折私はそのときのことを思い出し、
「うん。やっぱり人は良いものだよ」と思った。
どんなひどい目に合わされた時も。
ばかみたいだと自分でも思うけれど、そう思えた。

そういうことがあるから、
人生は不思議で、素敵だ。

彼は気がついているだろうか?
自分が人一人の心を救ったと言うことに。
その後の人生を生きていくうえで
とてもとても大切なプレゼントを贈ったということに。

人は誰かのサンタクロースになっている瞬間がきっとある。
人は不思議で、素敵だ。

だから私はサンタクロースはいるのだと思う。
とても大変だったけれど、「そんなものはいない」と言う
人生を送らずにすんでいる。
それ以上の贈り物があるだろうか?

ありがとう。ありがとう。ありがとう。
何度言っても足りないくらいだ。
ありがとう。

あなたはきっと幸せだと信じています。

 

 

ブログに添えた文章

 大変な事ばかりでも、
光があると信じられたのは、
いくつかの大切な出会いがあったからです。
傷つける人もいた代わりに、
心を温めてくれる人も必ずいました。

その中で、明日からUPする文章には、
何時までも消えずに
私に人を信じさせてくれた出会いが書かれています。


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